ヒマラヤ・アンナプルナ山群にある巨大な大地の裂け目「セティ・ゴルジュ」。現地では「悪魔の谷」と呼ばれ、狭い場所では幅数m、深さは400m以上もあり、これまで地質学者らの調査でも近づくことのできなかった人類未踏の深い峡谷である。
2019年にその存在を知り、着想から4年。新型コロナウィルス感染症の影響で行動できず、機会を待った。2022年の一次遠征を経て、これまでに誰も挑んだことのない探検に挑戦し、谷の全貌に迫るきっかけとなった。
2022年11月の一次遠征後、1年のうちで最も水量が減る厳冬期を選び、2023年2月から3月にかけて二次遠征を実施。退避ロープの設置などの準備行動の後、ゴルジュへの下降を実施。頻繁に落石が起こる中、本流のゴルジュ(狭い峡谷)をキャニオニング(歩いたり、泳いだりして下る)し、上部約700 mの区間を踏査した。一次遠征で踏査した中部区間を含めると、本流ゴルジュの総踏査距離は約1 kmとなる。また、右俣ゴルジュの400 m区間の踏査(調査区間はさらに300 mが加わる)と、左俣ゴルジュの200 m区間の踏査も別途行った。
冬のゴルジュ底でのビバーク(露営)は不可能で、用意していた400 mロープをヘッドランプを頼りに登り返してベースキャンプに戻る。十分な事前調査のもとに行われた踏査であったが、下降用のロープを外すと、ゴール地点までたどり着かなければ谷底から戻ることはできない。真冬の水温はわずか3℃で、夜までに戻らなければ凍死する可能性もある。まさに後戻りのできない探検だった。人類初の踏査であるために様々な困難に遭遇するが、それまでに培ってきた技術、体力によって乗り越えた。
標高3500 m付近から全長5 kmにわたって続く狭く深い峡谷「セティ・ゴルジュ」、これまでその成り立ちは謎とされ、地質学者が最も知りたかったゴルジュの地層を今回克明に記録したことは科学史上にのこる成果で、まさに快挙である。
【プロフィール】
田中 彰 さん
・1972年11月生まれ
・高知県在住
【プロフィール】
大西 良治 さん
・1977年生まれ
・東京都在住